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認知症予防コラム

大気汚染が認知症の原因に?~大気汚染はアミロイドβの蓄積を促進させるのか~

2022年07月22日

 PM2.5などの大気汚染物質が呼吸器疾患をおこすことはよく知られていますが、大気汚染が認知機能に影響を及ぼす可能性についてはそれほど周知されていません。 
 英国の権威ある医学誌「LANCET(ランセット)」は2017年に9つの認知症危険因子を発表していましたが、2020年に新たに3つの危険因子を追加しました。その中のひとつが「大気汚染」です。 
 アルツハイマー型認知症は、原因物質の一つであるアミロイドβが脳に蓄積することによって発症しますが、大気汚染によりアミロイドβの蓄積が促進される可能性を示す研究が発表され、認知機能の低下と大気汚染の関連性がより明らかになってきました。  それでは、認知症の危険因子から確認していきましょう。

認知症の危険因子(リスクファクター) 

 認知症の専門家からなるランセット委員会は12の認知症危険因子を年代別に発表しています。
青年期では「中等教育の未終了」
中年期では「聴力低下」、「頭部外傷」、「高血圧」、「過度の飲酒」、「肥満」
高齢期では「喫煙」、「うつ病」、「社会的孤立」、「運動不足」、「大気汚染」、「糖尿病」です。
 これらの認知症に関連する12の危険因子を改善することで、認知症の発症を約40%予防する効果が期待できます。

大気汚染と認知機能の低下についての関連性

 今回注目する危険因子は「大気汚染」ですが、ランセット委員会は自動車などの排ガスや住宅用木材燃焼から排出されるPM2.5や二酸化窒素、一酸化炭素などが認知症リスクの上昇に起因すると述べています。
 2017年に発表されたカナダのトロント大学のHong Chen博士の研究では、オンタリオ州に住む人々の認知症やパーキンソン病などの発症率と排ガスについての関連性を調査しました。調査対象は主要道路から居住地域までの距離が50メートル未満から300メートル以上離れたエリアに居住する住民です。認知症の発症と主要道路からの距離について調査した結果、交通量が多い場所の近くに住むことにより認知症発症率が最大10%程度高まるという結論が導かれました。

大気汚染はアミロイドβの蓄積を促進させるのか

 アルツハイマー型認知症は、原因物質の一つであるアミロイドβと呼ばれる異常タンパクが脳内に蓄積することによって発症します。
 米国カリフォルニア大学のLeonardo laccarino博士の研究グループは、2020年11月に大気汚染の多い地域に住む住民はアミロイド陽電子放出断層撮影(アミロイドPET検査)の結果が陽性となる可能性が高いという研究結果を発表しました。
 大気汚染物質は微粒子状物質(PM2.5)と対流圏オゾン(O3)濃度とアミロイドβについて調べ、そのなかのPM2.5の濃度とアミロイドβの蓄積には関連性があるという統計結果を得ました。つまり、PM2.5の濃度の高い地域に住む人は低い地域に住む人よりもアミロイドPET検査が陽性になる可能性が高くなるということです。

大気汚染とAPOE遺伝子との関係は

 南カリフォルニア大学で米国48州の65歳から79歳の高齢女性を対象に大気汚染に関する神経疫学的研究と、マウスを用いた吸入神経毒性実験を組み合わせた研究がおこなわれました。研究チームは「長期間PM2.5にさらされることにより、認知機能の低下及び認知症発症のリスクが増加し、さらに、APOEɛ4遺伝子を保有することでそれらはより増加する」という仮説をたてました。
 APOE遺伝子とはアミロイドβの蓄積や凝集をつかさどる物質で、APOEɛ4の保有者は非保有者に比べてアルツハイマー病の発症リスクが高くなることが報告されています。
APOE遺伝子の詳しい解説は当社ホームページのリンク先をご参照ください

 米環境保護庁が設定した微小粒子状物質の基準を超えた汚染地域に住む高齢女性は、認知機能の低下を起こす確率が81%、アルツハイマー病を含む認知症になる確率は92%高いことがわかりました。 APOEε4を2つ保有する場合は特に高くなり、認知機能低下は264%、認知症発症は295%高くなるとの報告です。
 高齢女性におこなわれた調査結果は、「大気汚染物質は脳の健康に危険性をもたらし、それは認知症リスクにまで及ぶ」という明確な証拠が示されました。また、マウスの実験結果から、「都市大気中の微粒子にさらされることがアミロイド蓄積と神経変性を強める」可能性が示されました。
 これらのデータは、空気中のPM2.5による神経変性作用が、脳の病的老化とアルツハイマー病の主な遺伝的危険因子であるAPOEɛ4と、相互に関係している可能性を示すものです。

 これまでの研究により、認知機能の低下と大気汚染の関連性がより明らかになってきましたが、 研究の対象者が限られているなど、十分に解明できていない部分は存在しています。

 外務省で案内されている『世界大気質プロジェクト(aqicn.org)』を見ると、日本における大気汚染の状況では認知症への影響は少ないと考えられます。しかしながら、高齢期の方にとっては大気汚染が認知機能低下に影響を及ぼす危険因子の一つではありますので、大気汚染のない場所に身を置くことが認知機能低下の予防につながります。

参考文献

(1) Livingston, G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. Lancet 396, 413-446(2020) 
(2) Hong Chen, Richard T. Burnett. Living near major roads and the incidence of dementia, Parkinson’s disease, and multiple sclerosis: a population-based cohort study. Lancet 389, 718-726(2017) 
(3) Leonardo, L, et al. Association Between Ambient Air Pollution and Amyloid Positron Emission Tomography Positivity in Older Adults with Cognitive Impairment. JAMA Neurol 78(2), 197-207(2021) 
(4) M, Cacciottolo, et al. Particulate air pollutants, APOE alleles and their contributions to cognitive impairment in older women and to amyloidogenesis in experimental models. Translational Psychiatry volume 7, page e1022 (2017)