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認知症予防コラム

寿命を延ばすサーチュイン遺伝子を活性化させて脳の老化も予防

2022年06月20日

 1980年後半から1990年初めにかけて分子遺伝学による長寿・寿命の制御に関する研究が盛んになり、寿命を延ばすサーチュイン遺伝子が発見されました。今回は、長寿遺伝子とも呼ばれるサーチュイン遺伝子の正体や作用についてお伝えします。サーチュイン遺伝子の活性化方法も紹介しているのでぜひ参考にしてください。

寿命を延ばすサーチュイン遺伝子とは

 2000年にGuarente,Leonard(レオナルド・ガレンテ)教授と今井眞一郎教授によって、酵母におけるサーチュイン遺伝子の活性化が長寿につながることが発表されました1)

 サーチュインとは、細菌から哺乳類までの多くの生物が持っているサーチュイン遺伝子からつくられるタンパク質です。この発表では、遺伝子操作によって酵母のサーチュインを少なくすると寿命が縮み、多くつくると寿命が回復することが確認されました。

 研究では酵母のサーチュインが用いられましたが、哺乳類にもサーチュインは存在します。ヒトのサーチュインに関する数多くの研究によると、DNAの修復、細胞をストレスから守る、エネルギー状態を良くする、老化の原因の酸化を防ぐ、炎症を防ぐなどの多様なはたらきの連鎖によって長寿をもたらすと言われています。

 多くの生物が持っているサーチュインですが、持っているだけで寿命が延びるわけではなく、サーチュイン遺伝子を活性化させるためのスイッチが必要になります。そのスイッチになると考えられたのがカロリー制限です。

カロリー制限が長寿をもたらす

 2004年David A. Sinclair(デビッド・A・シンクレア)らは、カロリー制限がサーチュインを活性化させることを示しました。2)

 実験では、カロリー制限しなかったラットに比べて、カロリー制限したラットでは、脳、脂肪組織、腎臓、肝臓などの多くの組織においてサーチュインが明らかに増えました。それまで、カロリー制限と長寿との関係についてはいくつかの研究報告がありましたが、カロリー制限がサーチュイン遺伝子を活性化させるスイッチとなることが示されました。

カロリー制限は加齢に伴う病気や脳萎縮も予防

 2009年のウィスコンシン大学の報告では、ヒトに近い霊長類のアカゲザルにおいて、食事のカロリーを30%制限したサルでは、好きなだけ食事を与えたサルに比べて、糖尿病、心血管疾患、がんといった加齢に伴う病気での死亡および、脳萎縮が減少することが示されました。3)

 自由に食事をしたサルは、加齢に伴う病気で約40%が死亡したのに対して、カロリー制限をしたサルでは80%が生存し、顔つきや毛並み、姿勢といった見た目においても若々しい姿を保っています。脳のMRIでは、カロリー制限をしたサルの脳の体積は減少しにくく、脳萎縮が予防されることが認められました。

 アカゲザルに対するカロリー制限の効果はカロリー制限を実施する年代や餌の成分によって異なるものの、総合的に考えて有効性があると考えられており、ヒトにおいても同様な結果が得られる可能性があると考えられています4)

サーチュイン遺伝子の活性化方法

 アカゲザルを用いた実験で、カロリー制限により寿命が延びることが示されました。その後に、ヒトへのカロリー制限でサーチュインの活性化がみられたという報告5)や、カロリー制限以外のサーチュイン遺伝子を活性化させる方法についても多く報告されています。

  • カロリー制限

 カロリー制限は、必要な栄養素の摂取と栄養バランスをとったうえでおこなうことが大切であり、栄養バランスのとれた食事を腹8分目の食事がすすめられます。

  • レスベラトロール

 ポリフェノールの一種であるレスベラトロールがもつ寿命を延ばす作用は、カロリー制限を行ったときと似た作用が得られるとの報告があります。レスベラトロールの作用は酵母の他にマウス等でも得られていますが、ヒトでの長寿作用はまだ示されていません。

  • NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)

 最近注目されているのは、摂取すると、私たちが生きるために欠かせない物質のNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)に即時に変換され、サーチュインが活性化すると言われているNMNです。NMNは体の中で自然につくられる物質ですが、食べ物からはほとんど摂取できず、加齢に伴ってつくられる量も減っていきます。
 マウスに12か月間NMNを投与した研究では、老化抑制がみられたという結果が示されました。NMNの心不全や糖尿病、アルツハイマー病抑制に対する有効性もその他の研究により、示唆されています。
 NMNをヒトへ投与した臨床試験も行われており6)、今後のヒトでの実用的な活用が期待されています。

まとめ:栄養バランスのとれた食事を腹8分目のすすめ

長寿遺伝子のサーチュイン遺伝子は誰もが持っていますが、活性化させなければ長寿の作用は得られません。摂取するとサーチュインが活性化するとされるレスベラトロールやNMNのヒトでの長寿作用はまだはっきりと示されておらず、今後の展開が待たれます。

カロリー制限は古くから長寿との関係が研究されてきており、サーチュインを活性化させるとことも報告されています。やみくもなカロリー制限はかえって健康を損ない、サルコペニアも促進します。栄養バランスのとれた食事を腹8分目におさえる食事がおすすめと言えるでしょう。

参考文献:

  1. S. Imai, C M Armstrong, M Kaeberlein, et al. Transcriptional silencing andlongevity protein Sir2 is anNAD-dependent histone deacetylase. Nature 403 (2000) 795-800
  2. H.Y. Cohen, Christine Miller, Kevin J. Bitterman, et al. Calorie restriction promotes mammalian cell survival by inducing the SIRT1 deacetylase. Science 305 (2004) 390-392
  3. R.J. Colman,Rozalyn M.Anderson,Sterling,C.Johnson, et al. Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkeys. Science 325 (2009) 201-204
  4. J.A. Mattison, et al. Caloric restriction improves health and survival of rhesus monkeys. Nat Commun 8 (2017) 14063
  5. A.E. Civitarese, et al. Calorie Restriction Increases Muscle Mitochondrial Biogenesis in Healthy Humans. Plos Med 4 (2007) e76
  6. J. Irie. et al. Effect of oral administration of nicotinamide mononucleotide on clinical parameters and nicotinamide metabolite levels in healthy Japanese men. Endocr J 67 (2020) 153-160